東京国立博物館に学ぶ!感覚過敏に配慮した施設づくり

感覚過敏のある人にとって、施設の音や光、人混みといった環境情報は、訪問を左右する重要な判断材料です。しかし、こうした情報が事前に提供されている施設は、まだ多くありません。
そのような状況の中、東京国立博物館では、感覚過敏のある人が安心して館内を楽しめるよう、感覚情報や休憩スポットをまとめた「センサリーマップ」を公開しました。
本記事では、制作者の一人である鈴木みどりさんにインタビューを行い、東京国立博物館の実践から、異なる感覚の捉え方をどう整理し、分かりやすく伝えているのか、そのプロセスと工夫を通して、多様な人が利用しやすい施設づくりのヒントを探ります。

写真:木々に囲まれた東京国立博物館本館の外観

二人でゼロからセンサリーマップ制作

東京国立博物館の創立150年記念に、「みんなが楽しむ博物館」をテーマとした新たな取り組みの検討が行われました。
その中で、博物館教育課の職員の一人が、イギリスの事例をもとに「センサリーマップ」を提案したのです。
これをきっかけに、二人は国内の文化施設では初めてのセンサリーマップ制作に挑戦することとなりました。

当初は、機械で音量や光量を測定して基準を決め、マップに落とし込んで配布するくらいの軽い気持ちでしたが、計測機械にはさまざまな種類があり、調査方法にも苦慮しました。
暗中模索の中、東京都が運営するアクセシブル・ツーリズムのオンライン相談会で相談をしたところ、東京都自閉症協会とつながることができました。
この、協会との交流の中で、自閉症スペクトラム症(以下、ASD)では感覚過敏の特性がみられることが多いことがわかり、当事者調査への協力も得られることになったのです。

感覚過敏はさまざまな人に起こりますが、対象を広げすぎると必要な情報が曖昧になるため、発達障がいのある人を対象に調査を実施する方針を決めました。
また、客観的な調査を行うため、明治大学理工学部建築学科建築環境計画研究室にも協力を依頼しました。
こうして当事者調査と、大学による客観調査を組み合わせたセンサリーマップ制作が始まったのです。

感覚の違いを前提に情報を可視化する工夫

当事者調査については、本調査の前にプレ調査を実施し、調査項目や時間、休憩の頻度などを確認することで、参加者の負担にならないよう配慮しました。

その際、刺激となる情報だけではなく、おすすめの場所や心地よく過ごすためのコツなど、博物館を楽しむための情報も調査項目に加えることにしました。
当事者調査は、毎回2~3人に参加してもらい、メンバーを入れ替えながら5回実施しました。その結果をふまえて、大学による客観的調査が4回行われました。

写真:ロビーの大階段 強い残響音が確認されたロビーの大階段

調査を進める中で、同じ場所でも人によって感じ方が大きく異なることがわかりました。
当事者からは「特徴的な音がする」との声が寄せられた場所もあり、詳しく調査したところ、当事者が感じた違和感を裏付ける周波数の音や、残響音が確認されたのです。
一方で、数値だけでは説明できないこともありました。本館ミュージアムショップは照度が高いにもかかわらず、「居心地が良い」という当事者の声があったのです。

こうした結果を踏まえ、センサリーマップは「うるさい」、「まぶしい」といった主観的な評価ではなく、「映像展示がある」、「自然光が入る」などの客観的な事実を掲載し、利用者自身が選択できる形にしました。
また、音の大きさだけでなく種類も重要だとわかったため、地図だけでは伝えきれない音の特徴や過ごし方のコツは、感覚コラムで補足することとなったのです。

感覚コラムはこちら(新しいウィンドウが開きます)

しかし、情報を盛り込みすぎると必要な情報を見つけにくくなり、当事者からも「情報が混在していると読み取りづらい」という意見があがりました。そのため、マップは音情報、光情報、座れる場所などテーマごとに整理しました。

また、配色の検討では試行錯誤もありました。
刺激の強さを伝えようと濃い色を重ねたところ、地図全体が濃い紫色になり、ほとんどの展示館が刺激の強い場所のように見えてしまったのです。
安心して来館してもらうためのマップ作りであることを改めて念頭に置き、考え直す必要がありました。

そこで、配色は刺激を抑えることを意識し、日本の伝統色を採用。
ベタ塗りではなく、波柄や斜線柄、ドット柄を用いることで、視覚的な負担を軽減しながら情報を伝える工夫を施しました。 また、ピクトグラムや「クリック」を開くと、その場所の写真と特徴の説明を、ポップアップで見ることができます。

画像:本館一階の音刺激がある場所を表したセンサリーマップ 工夫ポイント
伝統的な和の色を使用し波線で表現。特に特徴的な場所はスピーカーのピクトグラムを使用
画像:本館一階の光刺激がある場所を表したセンサリーマップ 工夫ポイント
LEDがオレンジの斜線、自然光を黄色のドット柄で表現。特に特徴的な場所はディスプレイのピクトグラムを使用

感覚過敏のある私が出会った「地図が広がった」という言葉

写真:筆者

感覚過敏のある私にとって、外出は「行きたいか」より、「行けるか」を先に考えることが多く、音や光、人混みなどを想像して、結局諦めることも少なくありません。
そんな私が、取材の中で心に残った言葉があります。
「地図が広がった」
そう言ったのは、当事者調査に参加した方でした。
「ここからまた自分の世界を広げていける」と語ったそうです。
そのエピソードを紹介する鈴木さんはとても嬉しそうで、センサリーマップ制作に取り組んできた思いが、この言葉に込められており、大切にしていることが伝わってきました。
私も、この言葉に強く共感しました。
センサリーマップは「危険を避けるための地図」ではなく、自分なりの対策を考えながら、「行けない」を「行けるかもしれない」へ変えてくれる地図です。そして、新た一歩を後押ししてくれる存在なのだと感じました。

鈴木さんが感じた「当事者の声」による組織の変化

写真:鈴木さんが微笑んでいる 東京国立博物館上席研究員
社会連携グループリーダー(前博物館教育課長)

最近は、館内スタッフや博物館関係者にも変化を感じています。
東京国立博物館では、長年にわたり障がいのある人も利用しやすい博物館づくりを続けてきました。そうした積み重ねもあり、館内では障がいに対する理解や関心が少しずつ広がってきています。
一方で、感覚過敏やセンサリーマップについては、まだ十分に認知されているとは言えません。
それでも、当事者の意見を発信し続けることが大切です。

構内の樹木が作り出す日陰や木漏れ日、水の流れる音などが、リラックスできる環境として重要な要素です。

また、休憩スペースの椅子が少ないという意見の共有で椅子が追加されるなど、センサリーマップ制作に直接関わりのない部署でも、自分たちにできることを考える動きが生まれています。
声を上げ続けることで少しずつ、館内に受け入れる土壌が育ってきたと感じています。

センサリーマップは学会でも反響を呼び、最近は、他館から相談を受ける機会も増えました。
スタート当初は手探りで始まった取り組みでしたが、現在では他施設と知見を共有し、橋渡し役を担う立場に変化してきています。

今後センサリーマップの導入を検討している施設の方は、「当事者の方と一緒に作っていくこと」を一番大切にしてほしいです。
先入観で作ると、使いにくいものや、本当に必要なものとは違うものができてしまうことがあります。
また、当事者の声を聞きながら制作を進める中で、施設運営の考え方そのものが広がります。

東京国立博物館のセンサリーマップは、当事者の声に耳を傾け続けたことで生まれました。そして、その声は今もなお、博物館の環境や組織の考え方を少しずつ確実に変え続けています。
「当事者と共につくる」その姿勢が、誰もが楽しめる博物館づくりにつながっています。

東京国立博物館

・開館時間:9時30分~17時00分
毎週金・土曜日、および、翌月曜日が祝・休日の場合の日曜日は9時30分~20時00分
(入館は閉館の30分前まで)
・休館日:月曜日
(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)
・東博コレクション展(平常展)観覧料:
 一般¥1,000、大学生¥500
・住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9 東京国立博物館
・お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

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